クリニックの集患は、口コミを「見る」ところから変わる

患者は、あなたの院だけを見ていない
まず、選ばれる前に何が起きているかを確認します。
体調を崩した人が「◯◯市 内科」と検索したとき、開くのは1院ではありません。地図に並んだいくつかの候補を順に見て、口コミを読み、写真を眺め、診療時間を確かめる。そのうえで1つを選びます。比較されているという前提が、集患の出発点です。
しかも、この比較はほとんど時間をかけずに行われます。体調が悪い人が何十分も調べ比べることはありません。目に入った情報だけで、数分のうちに絞られる。だから「奥のページに書いてあります」は、実質的に書いていないのと同じです。判断に必要なものが最初の画面に出ているかどうかで、候補に残るか落ちるかが決まります。
実際に見られているのは、細かいことばかりです。今日やっているか。何時までか。予約がいるのか、飛び込みでいいのか。駐車場はあるか。子どもを連れて行けるか。初めてでも大丈夫そうか。どれも医療の質とは直接関係のない情報ですが、受診先を決める段階では、これが判断材料になります。
ここを見落とすと、施策がずれます。ホームページをきれいにする、Googleビジネスプロフィールを埋める、写真を増やす——どれも必要ですが、それは「候補に残る」ための条件であって、「選ばれる理由」とは別です。条件を満たした院が3つ並んだとき、患者は何を見て決めるのか。そこが本題になります。
選ばれる理由は、院の外にある
3院が並んだとき、最後に差がつくのは他人の評価です。
そして厄介なことに、そこは院がコントロールできません。ホームページの文章は書き換えられますが、口コミは書き換えられない。写真は撮り直せますが、「対応が冷たかった」という一文は消せません。
だから多くの院が、コントロールできる側だけを一生懸命に整えます。サイトを作り直す、広告を出す、キャンペーンを打つ。けれど患者が最後に見ているのは、整えられていない側のほうです。
そしてもう1つ、見落とされやすいものがあります。口コミへの返信です。何を書いたかだけでなく、指摘に対してどう応じているか。ここには院の姿勢がそのまま出ます。低い評価が1つ付いていても、事実を確認して淡々と答えている返信があれば、読む側の印象はむしろ良くなる。逆に、返信が感情的だったり、何も返していなかったりすると、点数以上に印象が下がります。
ここで「では口コミを集めよう」と考えるのが自然な流れですが、集め方の話は別の記事で書きました。この記事で扱いたいのは、その手前にある問題です。
評判が、院の中で見えていない
集患がうまくいかない院に、共通していたことがあります。
自院の評判を、院の中で誰も見ていない——これです。
口コミが付いていること自体は、たいてい把握されています。ただ、それを見ているのは院長だけで、しかも読むのは何か言われたときだけ。スタッフは、自分たちの対応が外からどう見えているかを知らないまま働いている。
これは怠慢ではありません。日々の業務は忙しく、口コミを読む時間はどこにも組み込まれていない。悪い評価が付けば気分が沈むので、積極的に見にいく理由もない。構造として、見ない状態が自然に続きます。
しかも、院長が見て指摘するという形だと、うまくいきません。「口コミにこう書かれていた」と朝礼で言われた側は、評価を伝えられたのではなく、注意されたと受け取ります。誰かが叱られ、他の人は自分でなくてよかったと思う。そこで話は終わってしまい、体験そのものの改善には向かいません。
けれど、その状態では何も変わりません。受付の対応が素っ気なく感じられていることも、待ち時間の説明が足りていないことも、当人たちには届かない。問題があると分かっていない人に、改善は起こりようがない。
そして外向きの施策だけを重ねると、来院はするけれど、次につながらないという結果になります。集患の努力が、体験の質に追いつかれてしまう。
見えるようにすると、視点が変わる
当社が関わった院で実際に効いたのは、評判を可視化することでした。
やったことは2つです。Googleの口コミを、院の中で見える状態にする。そして、院内でもアンケートを取る。
「見える状態にする」というのは、特別な仕組みのことではありません。月に1度まとめて印刷して休憩室に置く、朝礼で新しいものを読み上げる、共有のフォルダに月ごとに残していく。やり方はどれでも構いません。大事なのは、院長のスマートフォンの中だけにある状態から出すことです。
これだけで、スタッフの様子が変わりました。自分たちの患者対応を、客観的に見る視点が生まれたのです。「丁寧に接しているつもり」から、「実際にどう受け取られているか」へ。基準が自分の感覚から、患者の言葉に移りました。
そして、その結果として患者が集まるようになりました。外向きの施策を増やしたからではなく、中で見えるようになったからです。
なぜ2つ両方が要るのか。Googleの口コミは、書く人が偏ります。強い不満か、強い満足がないと書かれない。日常の大多数の体験は、そこに現れません。一方院内アンケートは、来た人に等しく聞けます。だから「特に問題はないが、待ち時間の案内が分かりにくい」といった、口コミには出てこない声が拾えます。
そして、可視化するときに必ず守りたい条件が1つあります。犯人探しにしないこと。
指摘のある声を読むと、「これは誰の対応か」という話に流れがちです。けれどそこへ行った瞬間、可視化は逆効果になります。次からスタッフは口コミを見たくなくなり、見ても黙るようになる。見えるようにした意味がなくなります。
読み方を「誰が」ではなく「何が起きたか」に固定してください。待たされた、説明が足りなかった、案内が分かりにくかった——起きた事象として扱えば、対処は仕組みの話になります。受付の掲示を変える、呼び出しの声かけを増やす、初診の流れを紙に書いて渡す。個人の努力ではなく手順で解決できることが、実際にはかなりあります。
変化はすぐには出ません。まず見る、次に話題に出るようになる、それから対応が変わる——この順序を踏みます。1〜2回読んだだけで何も起きなくても、それは失敗ではありません。
そして院内アンケートには、もうひとつ効果があります。スタッフが「見られている」ではなく「聞いている」側に立てることです。口コミは一方的に評価される場ですが、アンケートは自分たちが尋ねる行為です。同じ内容でも、受け止め方が変わります。
ただし、集めた声の使い道には注意がいる
ここで1つ、気をつけたいことがあります。
院内アンケートで集まった患者さんの声を、そのままホームページに載せることはできません。治療の内容や効果に関する体験談は、医療広告の規制で禁止されているためです。「先生のおかげで良くなりました」という声をいただいても、それは掲載できない。詳しくはこちらの記事に書きました。
集めた声は、外に出すためではなく、中で使うためのものです。朝礼で共有する、月1回まとめて振り返る、改善点を1つ決める。その使い方で十分に効きます。
遠回りに見えるかもしれませんが、そうでもありません。中の対応が変われば、外に出る評価も変わります。自分で書いた「患者様の声」は載せられませんが、患者が自分の言葉で書いた口コミは、載せる載せない以前に検索結果に並びます。規制で塞がれているのは自作の掲載であって、評価そのものではないということです。
もうひとつ。口コミを増やしたいからといって、見返りを伴う依頼をするのは避けてください。割引や特典と引き換えに投稿してもらう形は、プラットフォームの規約に触れます。加えて、事業者が関与しているのにそれが分からない表示は、景品表示法で規制されています。善意でやったつもりが、規制の側から見ると別の意味を持つことがある領域です。
声は集めにいくものではなく、集まる状態をつくるものです。そして集まる状態をつくるのは、結局のところ院内の対応そのものになります。
明日、できること
大がかりな仕組みから始める必要はありません。
明日できることは、たった1つです。自院のGoogleの口コミを開いて、直近の10件をスタッフと一緒に読むこと。
それだけで、たいてい何かが見つかります。褒められている点が意外だったり、指摘が同じところに集中していたり。院長ひとりが知っている状態から、全員が知っている状態に変わる——ここが最初の一歩です。
読むときは、良い声も一緒に読んでください。指摘だけを取り上げると、その時間が気の重いものになって続きません。実際には、褒められている点のほうが多いはずです。そして「どこが評価されているか」が分かると、そこは意識して残そうという判断ができます。改善だけでなく、維持すべきものが見えるのも可視化の効果です。
そのうえで、月に1回でいいので読む時間を決めてください。続かない仕組みは意味がないので、頻度は少なくて構いません。大事なのは、見ないままにしないことです。
院内アンケートは、その次で十分です。用紙1枚、設問3つでも始められます。「待ち時間の説明は分かりやすかったか」「スタッフの対応はどうだったか」「また来たいと思うか」。集計は月末にまとめて、気づいたことを1つ共有する。それくらいの重さから始めるほうが続きます。
もし、口コミの運用や可視化の仕組みづくりを一緒に考えたい場合は、MEO・口コミ運用のご相談からお声がけください。