看護師が辞める本当の理由は、退職面談では出てこない

「一身上の都合です」
退職の申し出でこの言葉を聞いたことがない経営者は、おそらくいないと思います。そして多くの場合、その先は聞けません。聞いても、本当のことは返ってきません。
当社は、辞めた側から話を聞いています。医療職のキャリア相談を続けているからです。そこで聞く理由は、退職面談で語られるものと、まるで違います。
公式調査では、人間関係は15位です
日本看護協会が2024年度のナースセンター登録データを分析した結果を見てみます。看護職として就業しながら求職している人(3万531人)に、いま辞めたい理由を聞いたものです。
上位はこうなっています。「看護職の他の職場への興味」14.3%、「子育て」10.4%、「転居」8.1%、「自分の健康(身体的理由)」7.3%、「結婚」7.2%。
では、人間関係はどこにあるか。
「上司(看護管理者等)との関係」は15位で4.5%。「同僚との関係」は24位で3.2%です。
この数字だけを見れば、人間関係は大した問題ではないように見えます。むしろ「他の職場への興味」や「子育て」「転居」——誰も悪くない理由が上位を占めている。
経営者がこのデータを見たら、こう思うはずです。「うちの離職も、人生のタイミングだから仕方ない」と。
当社が聞く退職理由は、ほとんどが人間関係です
現場で聞く話は、まったく違います。
先輩から当たられてつらかった。自分のミスではないのに、自分のせいにされた。まともに教えてもらえないまま、怒られてばかりいた。
当社が聞く退職理由は、この種の話がいちばん多い。公式調査で15位のものが、現場では1位に来ます。
なぜズレるのか。答えは単純です。アンケートには書けないからです。
「上司との関係」に丸をつけることは、自分が人間関係で負けたと認めることになります。それは、自分の評価を自分で下げる行為です。だから書かない。代わりに「他の職場への興味」を選ぶ。誰も傷つかず、自分も傷つかない理由だからです。
公式調査の数字が間違っているのではありません。人は、正直に答えていないだけです。そして経営者は、その数字を見て安心してしまいます。
「何を求めるか」は時間で語られ、「何から逃げたか」は人で語られる
もうひとつ、はっきりした違いがあります。
これから転職しようとしている人に希望を聞くと、返ってくるのは時間の話です。夜勤をしたくない。もっと自分の時間がほしい。この激務には耐えられない。自分の時間を大事にしたい、という相談が圧倒的に多い。
一方、辞めた理由を聞くと、人の話になります。
人は、何を求めるかを聞かれれば「時間」と答え、何から逃げたかを聞かれれば「人」と答えます。そして経営者に届くのは、前者だけです。求人票に並ぶ希望条件も、面接で語られる転職理由も、全部「時間」の話だからです。
だから経営者は、シフトを調整し、時短勤務を作り、夜勤を減らします。それ自体は正しい。前回の記事で書いたとおり、勤務時間は職場選びの最上位にある条件です。
ただ、それをやっても、辞める人は辞めます。逃げた理由は、時間ではなかったからです。
若手の「自分は向いていない」を、そのまま受け取ってはいけない
同じ調査で、24歳以下だけを見ると、辞めたい理由の順位がまったく変わります。
1位が「自分の健康(主に精神的理由)」21.7%。2位が「自分の適性・能力への不安」17.6%。
若手ほど、辞めたい理由を自分の中に見つけています。自分がおかしいのではないか。自分にこの仕事は向いていないのではないか。
ここからは当社の解釈です。断定はできません。ただ、「まともに教えてもらえないまま怒られ続けた人」が、自分のことを「能力が足りない」と評価するのは、ごく自然なことではないでしょうか。
若手が「向いていないので辞めます」と言ったとき、それを額面どおり受け取ってよいのかどうか。少なくとも当社は、そのまま受け取らないようにしています。
「辞めます」と言われた時点で、もう手遅れです
はっきり書きます。引き止めは、ほぼ機能しません。
「辞めます」と口に出した時点で、その人の心はもうそこにありません。給与を上げても、部署を変えても、モチベーションは戻らない。戻らないまま在籍している人のパフォーマンスは、確実に低い。
そして、これが本当に怖いところですが、パフォーマンスの低い人が1人いるだけで、それは組織全体に波及します。周りが尻拭いをし、不公平感が生まれ、次の離職の種になる。引き止めが、組織を傷つけることすらあります。
だから、口に出される前に気づくしかありません。
予兆は出ています。早く帰り始める。仕事が雑になる。そして、いちばん分かりやすいのは、その職場に対する心残りが、表情から消えていることです。
見つける方法はひとつしかありません。1on1で、細かくコミュニケーションを取り続けることです。面倒です。時間もかかります。でも、辞めてから採り直すコストに比べれば、比較になりません。
何をやっても止められない状態が、2つあります
当社の定着支援は、細かなヒアリングから入ります。そこで見えてくるのは、もう手が打てない状態が存在するということです。
ひとつは、トップへの信頼が失われている場合です。理事長や管理者に対して「あの人はもう信用できない」と言葉にしている人は、ほぼ辞めます。制度をいじっても、待遇を上げても、戻りません。信頼は、失った後から取り戻すのが最も難しいものです。
もうひとつは、本人がやりたくない仕事を押し付けられている状態です。これは、かなり危険な兆候です。しかも本人は言い出せません。断れる関係なら、そもそも押し付けられていないからです。
離職が止まった事業所が、変えたもの
では、実際に離職が止まった事業所は何を変えたのか。当社が見てきた範囲で、共通しているのはリーダーです。
変わった事業所では、リーダーの言葉が変わっていました。「こういうことをやろう」という提案。「こういうのはどうだろう」という問いかけ。指示ではなく、提案と問いかけが増えている。
そしてコミュニケーションの数が増えると、リーダー本人の意識だけでなく、組織そのものが変わり始めます。現場から意見が出るようになり、意見が出るようになると、辞める前に問題が表に出るようになる。
もうひとつ、制度の話も書いておきます。「何をすると評価されるのか」を、明確にすることです。具体的には、何をすれば報酬が上がるのか。ここが曖昧なままだと、頑張っている人ほど報われない感覚を持ちます。評価制度は、公平感を作るための装置です。
そして、採ってはいけない人
前回の記事の最後に、「採ってはいけない人を採らないこと」と書きました。その続きです。
要注意なのは、「昔はこうやっていた」「前の職場ではこうだった」と主張し続ける人です。過去のやり方を持ち込み、いまのやり方を否定する。悪意はないことも多い。ただ、その人が1人いるだけで、新しく入った人が萎縮します。
もうひとつは、成果は上げるけれど協調性がない人です。ここが、経営者がいちばん判断を誤るところです。
1人が上げる売上より、その人のせいで誰かが辞める損失の方が、大きいからです。
数字で考えれば分かります。看護師1人の採用と教育にかかるコストと、抜けた穴を埋めるまでの負荷。成果を出す1人を採った結果、3人が辞めたら、それは明確に赤字です。それでも「あの人は売上を上げているから」と、経営者は判断を先送りします。
最大の問題は、分析されないことです
最後に、当社が組織支援の現場で、いちばん強く感じていることを書きます。
多くの経営者は、「なぜ辞めたのか」を分析していません。
「本人の人生のタイミングだからね」。「まあ、ご家庭の事情なら仕方ない」。そう言って、そこで終わります。自分たちに原因があるかもしれない、という方向に、思考が進まない。
だから、職場は何ひとつ変わりません。そして次の人が、同じ理由で辞めていきます。同じことが、何年も繰り返されます。
先ほどの公式調査は、この態度を補強してしまいます。「他の職場への興味14.3%」「子育て10.4%」——データが「誰も悪くない」と言ってくれるからです。
次に「一身上の都合」を聞いたら
その言葉の裏に、何があったのか。もう本人には聞けません。辞める人は、最後まで本当のことを言いません。言っても得がないからです。
だから、辞める前に聞くしかない。それが1on1です。そして、辞めた人の本音を知っている第三者に聞くしかない。それが当社の役割です。
当社は、医療・介護の事業者向けに組織づくりの支援と採用の支援を行っています。この2つは、切り離せません。穴の空いたバケツに水を注いでも、水位は上がらないからです。